「人事を尽くして天命を待つ」

 

 先日、月忌参りの際にあれは子供の勉強机の前に「人事を尽くして天命を待つ」という文字が書かれていました。この言葉は精一杯努力してあとは天命に期待するということでありましょう。

 何も勉強だけのことでは無く人の生きる道も同じでありましょう。私自身が思うのは人事を尽くすことが本当に出来たならどんなに素晴らしいか。本当に人事を尽くせたら後悔も愚痴も無くなると思うのです。人事を尽くしきれないから悩み苦しむのです。私達は何も毎日努力しないで生きている訳では無いでしょう。

 自分では精一杯努力しているつもりでも様々な挫折を経験し、悩み苦しんでいる人は世の中沢山おります。みんな一生懸命人事を尽くしながら尽くしきれずに苦しんでいるのです。では、なぜ尽くしきれないのでしょうか。

 これは人間の性といいますか宿業という以外無いと思うのです。ならばその悩み苦しみを受け止めていく以外に無いと思うのです。それを受け止めるとき、私はひとりぼっちでは無いのです。

 仏様が一緒に受け止めてくれているという事実に目覚めることが本当に大切だと思うのです。孤独では無い久遠の昔から支えて下さっている方と共に生きていると知らされるとき色んな問題で悩み苦しみながらも安心していける。受け止めて歩める如来の声に接して涙しながらもこの盡背を歩んでいける道を指し示して下さっていけるのが仏道であると思うのです。

 

合掌