<お彼岸って?>



 昔から『暑さも寒さも彼岸まで』といわれていましたが、最近はなかなか暖かくならない日々が続いていますがいかがお過ごしでしょうか。
 さて、本題に入りましょう。お彼岸には春(春分の日)と秋(秋分の日)の2回行われます。春分の日と秋分の日を中日として前後三日間、計七日間行われます。

 『春分の日』と『秋分の日』は太陽は真東から出て真西に沈みます。この日は昼と夜の長さが同じになります。仏教的にいいますと「彼岸(さとりの世界・浄土)」と「此岸(迷いの世界・私たちが生きている世界)」の境地であり「浄土」と「現世」の接する日として昔から日本的な仏教行事が行われます。

 日本で初めて彼岸会が行われたのは”大同元年(806年)崇道天皇の時代から行われていたといわれています。

 一般的にはお彼岸と聞くと『先祖供養』を思い浮かべると思います。『先祖供養』も大事な御心なんですが、浄土真宗におきまして最大のお彼岸の御心というのは、今を生きる私たちが阿弥陀如来様の御心と出遭わさせていただくことが、実は大切なのかなと思います。

 しかし私たちが日常生活を送る中で、『阿弥陀様がいたから幸せ!』とはなかなか心の底から思うことはあまりないと思います。お参りに来る人の中にも阿弥陀様ってなんですか?阿弥陀様は本当にいるんですか?と質問を投げかけられるんですけども、聞かれたら私はこうお話しさせていただいています。

 恥ずかしながら阿弥陀様はいるかどうかは正直わからないけど、こういう例え話があるんですよ。

 皆さん「風」を見たことがありますか?おそらく世界中探しても見たことある人はいないと思います。私たちは朝目覚めてカーテンを開けて、木の葉が揺れている姿やピューピューという風の音を聞いて、今日は風が吹いていると気が付きます。目には見えない風の力の働きが木の葉に表れているのです。逆に風がなかったら木の葉は揺れないでしょう。そして、外に出て風を感じることによって暖かいとか冷たいというのを肌を持って感じるわけです。

 言い換えれば、目に見えない風は『阿弥陀様の御心』です。そして木の葉は私達です。現代人は毎日忙しい日々を送っています。自らの目線で考え、見えているところだけに注目してあたかも自分の力で生きているようになっている。最後に風を感じるということは仏法を聴聞したり、回忌法要、お彼岸などの行事・仏壇の前で手を合わせたりして、肌で阿弥陀様の教えを感じることを言います。

 このように私たちは毎日忙しい日々の中、なかなか阿弥陀様の御心というものを忘れがちでございます。私たちのこの二度と戻らない人生はやり直すことはできないが、見直すことはできるのではないだろうか。目に見えないけれども非常に大きな阿弥陀様の御心が一切衆生に働いてるからこそ、私たちは今ここにいるのではないでしょうか。

合掌



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